実話

 先生が飛ぶところを、見たことがある。

 私は文化祭の実行委員をしていた。やりたいと手を上げたのだが、動機としては内申点が上がると聞いたからだった。中学に上がってからとたんに成績が下がってしまった私にとっては「内申点」は救世主のような言葉だった。放課後に残らなければいけないのが面倒だからか希望者は少なく、あっさりと委員に選ばれた。私は工作が得意だったので、もくもくと作業ができそうなお化け屋敷班を選んだ。他のメンバーは、私と同様に内申点めあてらしい、ヤンキーの群れだった。失敗した、黙ってステージの司会進行班になるんだったと思った。私の心配をよそに、ヤンキーはサボることなく準備に参加してくれた。会話こそ多くはなかったが、休憩の度にお菓子を分けてくれたり、持ち込み禁止になっているはずの携帯電話で、一緒に動画を見たりした。完成間近になると、多少のさみしさを覚える位には仲良くなっていた。
 学校には、ヤンキーと名前をつけるには少し違うヤバい奴、Sがいた。授業中にベランダに出て寝ていたり、制服を着ずにタンクトップに短パンで登校したり、塩を愛でていたり、とにかくSはヤバい奴だった。聞くと、愛でている塩は「先祖」らしく、粗末に扱ったり、持ち歩くのを忘れてしまったりすると、先祖が降りてきて自我を失ってしまうという代物だった。それが事実かどうかは分からないが、Sはそれを信じて疑っていなかったのはほんとうのことで、文化祭の準備と同時期に、その塩に触ろうとしたクラスメートに飛びかかったという話で持ちきりになっていた。
 先生が飛んだのは、そんなSの話題が落ち着いてきたときのことだった。放課後、お化け屋敷を今日で完成させるぞと意気込んでいた私たちのところに、教師が血相を変えて走ってきた。私たちに「おまえら、絶対ここから出るなよ。隠れとけ」と言うと、その教師はまたどこかへ走っていなくなってしまった。もちろん、私たちは言うことを聞かずに先生を追いかけた。やれと言われたことはしない、やるなと言われたことはする、面白そうなことには進んで首を突っ込む、先生はそんな中学生の生態を理解していたはずだが、緊急事態ということもあり、つい頭から抜けてしまったんだと思う。こっそり追いかけると、その先には大人に囲まれたSの姿があった。どこから持ってきたのかは分からないが、木のバットを持っていて、大声をあげていた。「なにこれ」「S?何やってんだ?」と話していると、Sが私たちに気づいた。あ、目が合った、と思った次の瞬間だった。先生が、Sの蹴りをもろに受けて、飛んだ。

 そこからは、Sから逃げるのに必死であまり覚えていないけど、塩を家に忘れていることに気づいたSの両親が迎えに来て、落ち着いて帰って行ったらしい。ヤンキーたちと作ったお化け屋敷は壊されることもなく、無事に文化祭は開かれた。ちなみに、内申点が上がるというのは、生徒が流したただの噂で、学期が終わる頃の通信簿には、しっかりと悪いままの成績が印字されていた。