かほ

 家を建てたい。小さくて白い家。そこで犬と、できたら夫とこどもと暮らしたい。キッチンは対面式で広め、休みの日には踊りながらパンを焼いて食べる。歌いながら米を炊く。ごはんを食べるときはきちんとマットを敷いたり箸置きを使ったりしたい。気づかれなくても良いから、季節に合った食材を使って料理をしたい。夜ご飯のあまりものだけじゃないお弁当を作りたい。誰かの誕生日にはケーキを焼きたい。ジャムを煮たり、夏はかき氷のメロンシロップを炭酸水で割ってバニラアイスを乗せて、クリームソーダを作ったりもしたい。洗面所には綺麗なタイルを貼りたい。歯磨きの間ずっと触っていたくなるようなつるつるのタイルで、青が好きだからいろんな種類の青を使いたい。湯船は大きくて足が伸ばせるサイズにして、ゆっくり肩まで浸かりたい。いいにおいのシャンプーで丁寧に髪の毛を洗いたい。天気の良い日は広いベランダでひなたぼっこをしながら本を読んだりお茶を飲んだりしたい。ミニトマトを栽培したりもしたい。品種はサラダプラムみたいな肉厚の。部屋は少なくてもよくて、リビングでは旬の果物をむいて、大きいテレビで映画を見たり、アイスを食べながらゲームをしたりしたい。寝室はシンプルでホテルみたいにして、いつもふかふかの枕で、くたびれたTシャツじゃなくてパジャマで寝たい。アロマを炊くなどして快適な睡眠をしたい。洗濯物をいつでも干せるようにサンルームも作りたい。サンルームには作業台を兼ねたアイロン台をつけて、そこでミシンも使えるようにして、生地をたっぷり使ったワンピースを作りたい。スペースがあれば和室も作りたい。畳でお昼寝は最高だから。犬はいつも近くにいてほしい。のんびりしていてもいいし、元気いっぱいでもいい。散歩のときは大きな公園に連れて行って、四季と犬の写真を毎日でも撮りたい。サンドイッチを持ってピクニックするのも良い。年に1回、5日間程度の旅行をして、現地で売られているマグネットを買って、冷蔵庫に貼りたい。こういう日々を飽きることなくアルバムに残して死ぬ前に見たい。
 絶対にこんな生活をしてやるぞ、と思ってお金を貯めるために仕事を頑張っているつもりだけど、今はまだ到達度2%くらいだ。10年後、30歳をすぎる頃にはこうなっていたいので、年に10%ずつ理想に近づく計算になる。夏帆になれたらもう他には何もいらないんだけど、夏帆にはなれないから、こういった他のしあわせを手に入れなければいけない。

赤組がんばれ

 彼氏が今週末の金土日と泊まりがけで家に来る。電話やメールはちょくちょくしているが、片道約3時間の距離に住んでいるため、会うのはゴールデンウィークぶりになる。星野源のコンサートに2人で行くのだが、楽しみより、緊張より、当日の駐車場の混み具合の心配より、何より部屋を片付けないと、という焦燥感がすごい。正直、職場に来ている場合じゃない。6畳1Kの私の部屋は今、どれだけ分厚いラブフィルターをかけても汚い。脳内で天国と地獄(運動会でよく流れている曲)を流しながら掃除に取りかかった。
まず玄関に散乱している靴を靴棚にしまう。入らない。全然入らない。捨てようか迷っていた靴を思い切ってゴミ袋にぶち込む。靴が片付くと、なぜか大量に落ちている髪の毛が見えてきたのでとりあえずほうきで外へ。ごめんなさい。捨てた靴のことはきっと後悔するけど、それどころじゃないのでとりあえずは良い。次にトイレ・洗面台の水まわりにとりかかる。もうどうしようもないので、モノは下の収納スペースに押し込む。キッチンは普段から綺麗にするように心がけているので大丈夫かなと思ったとき、あれ?もしかして食べるもの無いのでは?と思って急遽料理の下ごしらえにシフトチェンジ。彼氏の好きな鮭とばで炊き込みご飯を炊いて冷凍、にんじんのきんぴらを作り、たまねぎを切って冷凍してとりあえず一息。たまねぎは当日味噌汁にしようと思っている。冷蔵庫には卵とベーコンもある。冷凍庫にはアイスの実の白桃味とぶどう味を入れている。金曜日までに普通に私が食べてしまう可能性も充分あるので、足りなそうであれば早めにコンビニに助けを求めよう。
ここまでで月曜日が終わった。今日は火曜日。当たり前だが金曜日まではあと3日しかない。木曜日に職場の飲み会が入ってしまっているので、実質作業できるのは今日の夜、明日の朝と夜、木曜日の朝、金曜日の朝。残っているのは部屋に干しっぱなしの洗濯物と、閉められないクローゼット。あと1回は洗濯機を回したい。お風呂は入る度に少しずつ掃除するとして、なんとか金曜日までには終わりそう。かな。終わらせます。こんなに一生懸命やって、とてもかわいい上に偉すぎるので、金曜日はたくさん褒めてもらおうと思う。まあ、普段から掃除しようねってことなんだけど。
あと、ゴールデンウィークから次に会うまで、5kg痩せてやるチャレンジをしていたんだけど(プールもその一環)、今日計ったら2kgしか痩せていませんでした。

実話

 先生が飛ぶところを、見たことがある。

 私は文化祭の実行委員をしていた。やりたいと手を上げたのだが、動機としては内申点が上がると聞いたからだった。中学に上がってからとたんに成績が下がってしまった私にとっては「内申点」は救世主のような言葉だった。放課後に残らなければいけないのが面倒だからか希望者は少なく、あっさりと委員に選ばれた。私は工作が得意だったので、もくもくと作業ができそうなお化け屋敷班を選んだ。他のメンバーは、私と同様に内申点めあてらしい、ヤンキーの群れだった。失敗した、黙ってステージの司会進行班になるんだったと思った。私の心配をよそに、ヤンキーはサボることなく準備に参加してくれた。会話こそ多くはなかったが、休憩の度にお菓子を分けてくれたり、持ち込み禁止になっているはずの携帯電話で、一緒に動画を見たりした。完成間近になると、多少のさみしさを覚える位には仲良くなっていた。
 学校には、ヤンキーと名前をつけるには少し違うヤバい奴、Sがいた。授業中にベランダに出て寝ていたり、制服を着ずにタンクトップに短パンで登校したり、塩を愛でていたり、とにかくSはヤバい奴だった。聞くと、愛でている塩は「先祖」らしく、粗末に扱ったり、持ち歩くのを忘れてしまったりすると、先祖が降りてきて自我を失ってしまうという代物だった。それが事実かどうかは分からないが、Sはそれを信じて疑っていなかったのはほんとうのことで、文化祭の準備と同時期に、その塩に触ろうとしたクラスメートに飛びかかったという話で持ちきりになっていた。
 先生が飛んだのは、そんなSの話題が落ち着いてきたときのことだった。放課後、お化け屋敷を今日で完成させるぞと意気込んでいた私たちのところに、教師が血相を変えて走ってきた。私たちに「おまえら、絶対ここから出るなよ。隠れとけ」と言うと、その教師はまたどこかへ走っていなくなってしまった。もちろん、私たちは言うことを聞かずに先生を追いかけた。やれと言われたことはしない、やるなと言われたことはする、面白そうなことには進んで首を突っ込む、先生はそんな中学生の生態を理解していたはずだが、緊急事態ということもあり、つい頭から抜けてしまったんだと思う。こっそり追いかけると、その先には大人に囲まれたSの姿があった。どこから持ってきたのかは分からないが、木のバットを持っていて、大声をあげていた。「なにこれ」「S?何やってんだ?」と話していると、Sが私たちに気づいた。あ、目が合った、と思った次の瞬間だった。先生が、Sの蹴りをもろに受けて、飛んだ。

 そこからは、Sから逃げるのに必死であまり覚えていないけど、塩を家に忘れていることに気づいたSの両親が迎えに来て、落ち着いて帰って行ったらしい。ヤンキーたちと作ったお化け屋敷は壊されることもなく、無事に文化祭は開かれた。ちなみに、内申点が上がるというのは、生徒が流したただの噂で、学期が終わる頃の通信簿には、しっかりと悪いままの成績が印字されていた。

あきらめ

 私には、なりたい職業がたくさんあった。司書、テレビの裏方、魔法使い、薬剤師、忍者、モデル、パン屋さん、歌手、学芸員、小説家、イラストレーター、教師、カフェの店員、カメラマン、雑貨屋さん、デザイナー、ペットショップの店員、不動産屋さん・・・忘れてしまったが、まだまだあったと思う。私は、全部を諦めて、結局どこにでもいるような事務員になった。朝から夕方までパソコンと向き合う日々を過ごしている。視力はずいぶん落ちたし、身体能力の低下も生活のなかでひしひしと感じる。エクセルの計算式を電卓で確認したり、ねじを締めてまたゆるめたり、ノートに手書きした文字をワードに打ち込んだりといった、誰にでもできて、その上意味があるかどうかも分からない仕事ばかりして、月に10万円と少しと、年に2回ボーナスをもらっている。一言も発しない日もあった。馬鹿にされそうで誰にも言えていないけれど、本当は諦めきれていない夢はいくつもあって、いつでもこんな職場やめてやるからなと思っている。でも、そのわりにはその夢を叶えるための努力をひとつもしていないのを、駄目だなあと思いながら、それに気づかないふりをして今日も終わってしまう。
 有名人に年下が増えてきた。気がついたとき、数年前まで目の前にあんなに広がっていた可能性が、いつのまにか弾けて消えて無くなってしまったような感覚になった。頭がふわっとして、恐怖すら感じた。そういえば、応援していたアイドルも下からの勢いには勝てずに、卒業してしまったんだった。その日は布団から、からだのどこも出ないようにうずくまって寝た。布団の中で、自分はこのまま何にもならずに死んでいくんだと思った。なんで気づいてしまったんだと自分を責めた。
 ここまで長々と書いたけど、今一番やりたいことは、友達4人以下で集まってマリオパーティーをすることです。一人1つお菓子を持ち寄って、出てくるクッパにビビったりしながら。いつからか分からないけど、友達と遊ぶっていうのが、鬼ごっことか、友達の家でゲームをすることじゃなくて、ショッピングとか、スターバックスでおしゃべりすることとかとイコールで結ばれてしまった。異性の友達と遊ぶのに他人の目が気になるようになってしまった。CDの貸し借りは、交際までの1つのステップとしてとらえられるようになってしまった。何も考えずにみんなと同じようにできればいいのに、大人になればよかったのに、こんなことに気づいてこんなことを考えてしまって、ほんとうに駄目だな。

脳内さつじん

この21年間、脳内で何人ころしたことか。脳内であれば、多少の無理も都合でなんとかできるし、1回では物足りない場合、様々な方法で繰り返しころすことができる。手を汚さないからもちろん捕まることもないし、道具はいらないから無料でできる。
最初に人をころしたのは、小学3年生の秋のことだった。私はいじめられていた。筆箱がいつのまにか虫かごに入っていたり、いつのまにか教科書に身に覚えのない落書きがされていたり、レベルとしては低いものばかりではあったが、それでも当時の私を苦しめるのには充分すぎるくらいだった。ころしのきっかけとなる出来事は、いじめがはじまって何週目かの朝に起こった。登校したら、液体のりが机と椅子に渦を巻くように塗られていたのだった。液体のりの渦を眺めながら、わたしは今までのことを考えた。どうして私はこんな嫌がらせを受けているのか、いくら考えても分からなかった。犯人はなんとなく目星がついていた。渦の中から、殺意が顔を出した。ころしてやろうっと、と、かなりカジュアルに思った。はじめは首を絞めて・・・と考えているうちに、楽しんでいる自分に気づいた。一瞬、つらいことを忘れていた。ふと我に返るともう先生が教室に来る時間になっていた。先生は異常な教室の空気に気づいて、すぐに学級会が開かれた。
犯人は、想像したとおりだった。いつも徒競走で1位のYだった。Yのお父さんもお母さんも教師なのに、テストの成績でいつもわたしに負けているのが悔しかったらしい。運動では勝っているんだから、勉強くらい勝たせてくれたっていいじゃないかと思った。一応形式だけの謝罪はしてもらったが、そんなものは欲しくなかった。Yは誤りながら泣いていたが、私は自分でもびっくりするほど何の感情も沸かなかった。頭を下げるYを見下ろしながら、Yが頭を上げるのと同時に、植物係が使っているスコップを思い切り振り下ろしたら、どんな声をあげて苦しむだろうと思った。想像したらおかしくて、ちょっと笑ってしまって、先生に注意された。
結局、液体のりは自分で片付けなければいけなかった。先生も理不尽だ。いじめっ子に言っておきたいが、液体のりを使った嫌がらせを考えているなら、それだけはやめてほしい。ティッシュだけじゃ全然拭き取れないから、めちゃくちゃ面倒くさいぞ。ちなみにYとは中学まで一緒だったが、そこそこの高校に推薦入学して、そこそこの東京の大学に進学したらしい。